近年、AIに雰囲気や概要を伝えるだけでコードが生成される「バイブコーディング」が主流となりつつあります。
私自身も過去に挫折・放置していたクイズゲームをAIで完成させ、その利便性を痛感しました。
一見すると「もうプログラミングを学ぶ必要も、高額なスクールに通う必要もない」と思えるかもしれません。
しかし、AI時代だからこそプログラミングスクールで学ぶ価値は十分に存在します。
本記事では、過去に専門学校でプログラミングに挫折した私自身の体験と、巡り巡って今それに救われている実体験を踏まえ、AI時代にあえてプログラミングスクールに通うべき真の理由を解説します。
バイブコーディングが実現するAI時代のプログラミングのリアル

ChatGPTやClaude、Geminiなど、近年のAI技術の進化には本当に驚かされますよね。
ときにハルシネーション(AIの嘘)が頻発したり、指示通りに動かずストレスを感じることもあります。
それでも、文章・画像・音楽の生成から日常のタスク管理、ネット検索に至るまで、AIは私たちの強力なサポート役となってくれています。
そんな中、今大きなトレンドとなっているのが「バイブコーディング」です。
先日、私自身も過去に開発が頓挫していたクイズゲームをAIの力で完成させることができました。
また、大手ITメディア(ITmedia)の記者がテスラ車用のアプリを開発したニュースも話題になりましたが、作りたいアプリのイメージや仕様を伝えるだけでコードを書き上げ、プログラムとして完成させてくれる凄さには脱帽するばかりです。
※バイブコーディングでの私やITmedia記者の実績の詳細は、下記の記事を参照して下さい。
関連記事:AIで誰もがアプリ開発!バイブコーディングのリアルとハルシネーション
このようにバイブコーディングが現実となった今、「AIスキルさえ身に付ければ、わざわざ高い学費を払ってプログラミングスクールに通う必要はない」という声もよく耳にします。
確かに、コードが書けなくても頭の中のイメージがそのままアプリになるのですから、「スクールは不要」という意見も一理あります。
単に教科書を読んで座学で学ぶくらいなら、AIを相棒にして実践の中でアプリを作っていく方がはるかに効率的で賢明だと私自身も感じています。
プログラミング学習のプロセスをまるごとスキップして、いきなりアプリを開発できてしまう——これこそが、AI時代の紛れもない「リアルな現実」です。
専門学校での挫折経験を経て、今、過去の学びを実感している理由

先ほどもお話しした通り、単に「目の前のアプリを形にするスキル」だけを求めるのであれば、高額な授業料を払うよりもAIを活用したバイブコーディングで実践していく方がはるかに手軽で効率的です。
しかし、それはあくまで「目先のメリット」に過ぎません。
広い視野で捉えてみると、「プログラミング学習のプロセスを完全にスキップして良い」ということにはなり得ませんし、一見遠回りに見えても基礎から学ぶことで得られるメリットは山ほどあります。
では、なぜ私が「AI時代だからこそ基礎や体験が大事だ」と強く主張するのか。
その根底にある私自身の過去の経歴をお話しさせてください。
※私のプロフィールの詳細は、当ブログのプロフィールにも記載してありますので、気になる方はそちらも併せて参照してください。
コンピュータ総合学園HALで培ったマルチメディア思考と挫折

私は昔、コンピュータ総合学園HALでサウンドを中心に、コンピュータやIT全般を学んでいました。
当時は自作PCも一般的ではない時代でしたが、入学祝いに両親に買ってもらった高額なパソコンを手に、アルバイトをしながら周辺機器を揃え、情報処理検定の資格なども取得しました。
学校ではC言語やアセンブラといった言語をはじめ、イラスト、デザイン、楽曲制作、そしてそれらを組み合わせて作品を創り上げるマルチメディアプロデュースまで幅広く学びました。
しかし、現実は甘くありませんでした。
C言語では関数やポインタの壁で徹底的につまずき、アセンブラの独特な構文には四苦八苦。 もともと苦手だったイラストや楽曲制作も満足な形にはできず、結局何一つスキルとして大成しないまま学生生活を終えてしまったのです。
夢をいつまでも追うわけにはいかず、地元の大型汎用機の監視業務という、学んだこととは全く関係のない仕事に就きました。
「せっかく親に高額なパソコンまで買ってもらい高い学費も出してもらったのに…」と、当時はモヤモヤとした挫折感を抱えながら生活を優先させていました。
ところが、20年以上経った今、ブログを運営しAIを活用する中で、当時のHALでの学びが何一つ無駄になっていなかったことに気づかされたのです。
例えば、プログラミングに関する記事を書く際、全くの未経験であれば何から調べていいか分かりません。
しかし、一度でも学んで挫折した経験があるからこそ、「どこで人がつまづくのか」「理解できた時にどんな喜びがあるのか」がリアルに分かり、読者の心に届く言葉が書けます。
また、AIにアイキャッチ画像を生成してもらう際も、イラストの基礎を少しでも学んでいたおかげで、AIが出力した絵の「妙な違和感(デッサン崩れやパーツの不自然さ)」に気づき、よりこだわりのある修正指示(プロンプト)を与えることができます。
さらに、HALで培ったマルチメディア思考があるからこそ、ブログを単なる文章ではなく「一つの創作物(Webメディア)」として全体像を見渡し、絵・文章・構成を調和させながら発信できています。
もし私に何のノウハウもなく、バイブコーディングによるプログラミングスキルしか持ち合わせていなかったら、こうしてブログで発信していくことも出来なかったでしょう。
何より、プログラミングの基礎知識が全くない状態であれば、AIが吐き出すハルシネーション(嘘)によるバグを見抜くことは絶対にできませんでした。
私自身、過去にデバッグ業務を経験したことがありますが、今思えばHALで培った「システム全体の構造を見渡す思考」があったからこそ、細かいバグを発見できたのだと感じています。
代々木アニメーション学院での学び直しと「点と点」のつながり

一度社会人を経験した後、私は代々木アニメーション学院に通い、再び苦手だった絵を学び直しました。
きっかけはHAL時代の恩師から掛けられた「絵を描くのが苦手でも、好きで描いているならそれでいい」という言葉でした。
セザンヌやルソーといった巨匠たちも、技術の巧さというよりは自身の創造性を前面に押し出して評価された背景があります。
「下手だから描いてはダメなんてことはない」「絵は実写を描き写すこととは違い想像したものを描くアートである」と思えたのです。
確かに私が経てきた経験はほぼ全て回り道ばかりなもので溢れています。
恥ずかしい話ですが、何一つ完全にものにして、それだけで飯を食っているといえるものは何もありません。
しかし、もしこの学び直しが無ければ、今こうしてiPadやMacを使いこなして発信することは絶対にありませんでした。
直接的な職業スキルにはならなかったとしても、過去に苦しんで学んだ「プログラミングの構造」や「クリエイティブの思考法」があったからこそ、私は今、AIを単なる『魔法の箱』ではなく『最強の相棒』として使いこなすことができているのだと確信しています。
遠回りだからこそ、安全で価値のある成果物が作れる

ここまでが主な私の苦い経験ですが、今振り返ってみると何一つ無駄ではありませんでした。
確かに、構造が見えすぎるがゆえにAIのハルシネーションに気づきやすく、いちいち作業の手が止まることもあります。
しかし、どんなバグが潜んでいるかも分からずにそのまま進んでしまうよりは、はるかに安全で健全です。
もしAIが完全無欠で絶対に間違えない神のような存在なら、バイブコーディングだけで十分かもしれません。
ですが、平然と嘘のコードを出力してくるのが現在のAIのリアルな姿です。
だからこそ、遠回りに見えたとしても、プログラミングスクールでしっかり基礎と構造を学び、「人の役に立つ、安全で確実なプログラミング」を実現していくことが重要だと私は考えています。
AI時代だからこそプログラミングスクールに通うべき理由

ここまでの話を聞いて、中には「それはあなたの意見であって、効率化を考えたらバイブコーディングを活用した方が良いんじゃないの?」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、私は、AI時代だからこそプログラミングスクールに通うべきだと考えています。
では、私が何故そう考えたのか、その理由を3つに分けてお話ししていきます。
理由①:プログラミングにおいて、「設計思考」や「概念」といった基礎を学ぶことも重要だから

なんとなくの雰囲気でコードを書いてアプリを開発することは、今のAI時代において確かに実現可能となりつつあります。
しかし、ビジネスで使えるプログラミングとして考えるなら話は別です。
ハルシネーション(AIの嘘)が多発しかねない状況で、雰囲気だけでコードを書いてアプリを開発しても、必ずどこかで限界が来ます。
個人的に趣味の範疇で使うならまだしも、社会で使われるシステムでバグが発生し、大事故が起きても責任が取れないようではお話になりません。
スクールでアプリの設計図となるシステム構造や概念といったプログラミングの基礎を学んでおくことで、AIを使ってアプリを開発した後にハルシネーションが起きても対応しやすくなります。
だからこそ、プログラミングスクールで基本を学ぶことは重要なのです。
理由②:AIの嘘(エラー)を見抜く審美眼が身につくから

バイブコーディングを通じてプログラミングを学ぶとしても、AIが書いてくれたプログラムを一つひとつ解析する能力を、スクールに通わず独学で身につけるのは至難の業です。
しかも、AIのハルシネーションによって引き起こされたバグに気がつかず、エラーが発生しても何が問題なのか分からないままでは、いつまで経ってもアプリを完成させることが出来ません。
プログラミングの全てを熟知できず挫折することになったとしても、基本的なことを学び、AIのハルシネーション(嘘)を見抜く力を養っておくことは非常に重要です。
基本的なコードの読み方や構造の調べ方は、独学で学ぶよりもプログラミングスクールで学んだ方がはるかに理解度が高くなります。
不具合を見つけるデバッグ業務においても非常に役に立つことですので、プログラミングスクールを活用することは大きな意義があると私は考えています。
理由③:一人では折れそうな時の「心の拠り所(モチベーション維持)」となるから

人は、心が弱くすぐ折れやすい生き物だと私は考えています。
実際に、専門学校に通いながら私は2度挫折しプログラミングを完全に習得するには至っていません。
しかし、もし専門学校に通わずに独学で勉強しようとしていたら、もっと早く挫折し、二度とプログラミングに手を出そうと考えることはなかったでしょう。
少なくとも、何千行という膨大なプログラミングを通じて、関数やポインタを学ぶ手前までは、なんとか挫折せずついていけたことは事実です。
そこまでのモチベーションを維持できたのも、プログラミングスクールで同級生や講師の支えがあったからこそ続いてきたと私は考えています。
たとえ最後まで完璧にやり遂げられなかったとしても、一人では絶対に行けなかった場所まで引っ張り上げてもらえる。
それだけでも、スクールに通う意味は間違いなくあったと感じています。
以上が、私がプログラミングスクールに通うべきと考える3つの大きな理由です。
確かに効率化を求めることも時に重要ですが、遠回りしてでもスクールに通って様々な経験を積んでいくることもプログラミングを習得するうえでは非常に重要です。
もし経済的に余裕がありプログラミングを学びたいとお考えであるならば、プログラミングスクールも検討してみてくださいね。
まとめ
今回は、AIによるバイブコーディングで効率よくアプリ開発を行うこと以上に、多少遠回りしてでもプログラミングスクールで学ぶ理由やその価値について、私自身の挫折経験を踏まえてお話しさせていただきました。
確かに、手っ取り早く形にすることだけを考えれば、スクールに通わずAIを使ったバイブコーディングで実践を重ねる方が早いかもしれません。
しかし、AIのハルシネーション(嘘)に気づくことすらできなければ、間違った理解のまま進んでしまう危険性もあります。
プログラミングスクールで「システム設計」や「概念」といった基礎を学び、AIの出力を見抜く力を養うことはとても大切です。
また、仲間や講師の支えがあれば、一人では折れてしまいそうな時でも挫折せずに学びを続けることができます。
AIという便利なツールだけにとらわれず、ぜひプログラミングスクールという環境も上手に活用してみてくださいね。




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