第5話『歪んだ聖域への潜入 〜美しき帰国子女と、硝子の板の盗難事件〜(後編)』

私小説『電脳の竜と白理の狼 〜デジタルハッカーと明治のリーガル・ガール〜』

『電脳の竜と白理の狼』をお読みいただきありがとうございます。

明治からタイムリープした橘彩華が転入した私立妃比谷高校で、早速事件が発生しました。

食堂で食事休憩中、クラスメイト・二階堂結衣のタブレットPCが教室から忽然と姿を消したのです。

食事休憩中には確かに使われていたはずのタブレットPCが、ただ紛失することなど有りえません。

誰かが盗んだことは明白ですが、防犯カメラには何も映っておらず、一体誰がどの様な方法で盗んだというのか?

事件の顛末を描く第5話を前に、まずは第4話を振り返ります。

第4話あらすじ
明治時代から現代へタイムリープした橘彩華は、神城綾音とバディを組み、理事長の依頼で学園内の事件を解決することに。

ある日、授業用タブレットが密室から消失

昼休み前までは所持していたことを彩華も確認しており、犯行現場は無人だった。彩華と綾音は、この不可解な密室盗難事件の解明に挑む。

神城綾音の脳内プロット:第5話『歪んだ聖域への潜入 〜美しき帰国子女と、硝子の板の盗難事件〜(後編)』

転入初日、何もかもが新鮮で、夏見菖蒲や二階堂結衣というクラスメイトもできて充実した学校生活を送り始めた橘彩華。

しかし、昼休憩を終えて食堂から教室に戻った先で様相が一変する。

結衣が血相を変えて菖蒲のもとへ相談にやってくる。
結衣「菖蒲ちゃん、どうしよう……カバンに入れてあったはずのタブレットPCがどこにもないの。次の授業でも使うのに……」

一緒に話を聞いていた彩華は「えっ、さっきの授業まで使っていたじゃない。なぜ紛失するの?」と疑問を抱く。それは菖蒲も同じ思いだった。

ちょうど次の時間は、担任が受け持つ数学の授業。菖蒲は担任が教室に入るやいなや、「先生! 結衣ちゃんのタブレットPCが無くなっているんですけど……」と打ち明ける。
直前の授業終了後に間違いなくカバンへ入れたこと、お昼休憩中は席を離れており外への持ち出しは絶対に不可能なことを報告。

事態を重く見た担任は一旦授業を中止し、クラス全員で結衣のタブレットPCを捜索することになった。
その間、担任は職員室へ戻り防犯カメラの映像を確認するが、お昼休憩中に教室へ侵入した形跡のある人物は誰も映っていなかった。
この映像は自宅で待機している神城綾音もハッキングして見ていたが、確かに不審な映像は映っていない。

「一体どういうこと……?」

彩華たちはますます理解に苦しむ状況に陥り、結局その場では見つからず、この一件は後日へと持ち越されることになった。

翌日、朝礼前のホームルーム。教壇の上に、ディスプレイがバキバキに破壊された状態で結衣のタブレットPCが戻ってきた。
あまりに挑発的な犯行に、担任も「誰だ! こんなことをした奴は!」と大声で生徒たちを問いただすが、正直に自白する生徒は出てこない。
そこで改めてホームルームの時間を使い、今回の一件を振り返ることとなった。

事件発生当初(お昼休憩中)、生徒たちは全員食堂にいたはずだった。
私立・妃比谷高校では昼食を食堂で摂るシステムとなっており、安否確認や配膳数管理(廃棄削減)のために出席確認を行っている。
その記録名簿を確認した結果、食堂にいなかった3名の容疑者が浮かび上がる。彼らはいずれも親族が超大物ばかりの「特権階級(カースト上位)」の生徒だった。

  • 畝田美空(母親:検察庁長官)
  • 浅田秀一郎(祖父:大物国政議員、父親:警備会社幹部)
  • 萩田一翔(父親:浅田派の中堅議員)

外部の犯行というケースも考えられたが、いたるところに仕掛けられている防犯カメラに不審者は一人も映っていない。やはり怪しいのはこの3人の中の誰かではないか──。
彩華たちも同様の疑念を抱き、3名のアリバイを確認することにする。

【畝田美空の証言】
「騒がしい食堂では落ち着いて食事も取れないから、生徒会室に潜り込んで一人で休憩していただけよ。疑うなら防犯カメラでも確認しなさいよ。
別に警戒して隠れていたわけじゃないし、そんなことしても意味がないわ。
そもそも、なんで私が二階堂のタブレットPCなんて盗まなきゃいけないのよ。
母親の立場だってあるのに、そんな下劣なことするわけがないでしょ。
食堂にいなかっただけで疑われるなんて本当に最悪……」

【浅田秀一郎の証言】
「俺は屋上で昼寝していたよ。
流石に屋上に防犯カメラはないからアリバイは証明できないが、なんで俺がタブレットPCを盗まなきゃいけねぇんだよ。
それもわざわざご足労なことに、ディスプレイをバキバキに壊して教壇に返却? 馬鹿らしい……。
まぁ、そんなに疑うなら、教室から屋上に繋がる廊下を映した防犯カメラでも確認してみろよ。俺の姿がバッチリ映っているはずだぜ!」

【萩田一翔の証言】
「僕は体調が悪くて食事を取る気も起きなかったから、保健室でしばらく寝ていたんだ。
保健室の先生も不在だったし、特に利用記録の紙には名前を書かず黙って利用したのは悪かったけど……
わざわざ体調を崩している最中に、他人のタブレットPCを盗むようなことなんてしないよ」

三者三様の証言だが、これだけを聴いている分には特に矛盾は見られない。
結局その日は、彩華が結衣と机を併せながら授業を受けることに…
3人から冷ややかな目で見られつつも、「絶対にあの中に犯人がいるはずだ」と推察する彩華。
そして夜、その考えが正しかったことを証明する「衝撃的な真実」が、綾音のハッキング捜査によって明らかになる。

事件が勃発し、いろはたちが捜索している間、綾音は自宅のモニターを通じて、学校の防犯カメラと、周辺にあるコンビニの防犯カメラのデータを綾音がハッキングした映像を見返し、決定的な矛盾を発見し、すかさず彩華にそのことを助言した。

【衝撃的な真実・その1:浅田の映像の「改ざん」】
浅田が「屋上へ向かった」と言い張る防犯カメラ映像だけ、なぜか日時(タイムスタンプ)が表示されていない。
畝田美空が映っている正常な映像とは明らかに異なる。
加えて、画面奥の廊下の掲示板に貼ってあるポスターの日付が明らかに変だった。
タブレットPCが盗まれた当日よりも、ずいぶん過去の日付のポスターが貼られている。
⇒(考察:浅田は父親の警備会社の権限を悪用して防犯マップを熟知しており、さらに過去の「誰も通っていない時間帯の防犯カメラ映像」をループ再生させて、自分の都合の良い偽形のアリバイ映像をシステムに上書きしていた)。

【衝撃的な真実・その2:萩田の「嘘」と「隙(死角)」】
萩田の姿は、学校内の防犯カメラのどこにも映し出されていなかった。
もし本当に保健室へ向かい横になっていたのであれば、畝田美空と同じように、保健室へ入る様子がどこかのカメラに映るはずである。
さらに、綾音がハッキングした学校近くのコンビニの防犯カメラ映像には、お昼休みの時間帯に呑気に買い物をしている萩田の姿がバッチリと映し出されていた。
少なくとも、萩田が「保健室にいた」というのは完全な嘘である。

翌日のホームルーム。前日の放課後、綾音からの助言を得ていた彩華は、クラスの全員の前で「昨日のホームルームの証言の中で、明らかに嘘をついている者が2名います」と切り出す。
そして、真っ先に萩田に向かって「あなた、結衣さんのタブレットPCを盗んだんじゃないのですか?」と強烈なカマをかける。
当然、萩田は「なにかの手違いで防犯カメラに映っていなかっただけだ! 僕は間違いなく保健室で休んでいた!」と強情を張り続ける

そこへすかさず、彩華は「ほぉ〜。何かの手違いで保健室前の映像だけ映っていないならまだしも、教室から保健室まで一切映っていないなんて事があり得ますかねぇ……」と萩田に迫る。
さらに彩華はスマホを取り出し、ひそひそ声で萩田に画面を提示する。
そこに映し出されていたのは、綾音がハッキングしたコンビニの防犯カメラ映像だった。
「防犯カメラに何一つ映っていない萩田さんが、コンビニの映像にだけ映っているのは何故でしょう? この映像、クラス中にばら撒いてもよろしいのですか?」と静かに恫喝。
さらに、「浅田さんの犯行を知らなかったとしても、共犯行為として警察から相当尋問されるかもしれませんよ……」と半ば法的根拠を提示して追い詰めると、萩田はついに撃沈。
「浅田にカメラの死角(隙)ルートを教えられ、お昼休みの間に外へ買い出しに行かされていた」というパシリの事実を涙ながらに暴露する。
これにより、浅田がカメラの死角を完璧に把握していた事実が証明された。

これに浅田が激昂し、「萩田! 嘘つくんじゃねぇよ!」と食ってかかるが、彩華がその間に割って入る。
「浅田さん、嘘をついているのはあなたの方ではございませんか?」

彩華は教室のモニターに学校の防犯カメラ映像を映し出させる。

  1. 浅田が映っている映像にだけ、あるはずの日時表示がないこと。
  2. 背景の掲示板に貼られているポスターが、過去の古いものであること。

以上2点の決定的な違和感を提示し、彼が「過去の映像」を上書きしてアリバイを偽装したロジックを暴き、反論できないように完全に仕留める。

言い逃れができなくなった浅田は、逆ギレしながら「あぁ、俺がやったんだよ! 何が悪い!」と開き直る。
浅田の白状によると、カースト制度を振りかざす自分たちの態度を、クラス委員の夏見菖蒲がよく思っておらず、度々反発的な態度をとっていたのが気に入らなかったらしい。
そのため、下劣極まりないことに、夏見が親しくしているおっとりした結衣をターゲットにし、彼女のタブレットを破壊することで、菖蒲たちに精神的ダメージを与えようとしていたのが動機だった。

結局、バキバキに割れたタブレットPCの端末代金は、浅田の親(あるいは祖父の権力)によってすぐに弁償されることとなった。
しかし、彩華の胸中には強いモヤモヤが残る。
どんな犯罪も、結局は金と権力で揉み消され、解決したことにされてしまう──。この世界の理不尽さを肯定されたような、スッキリとしない結末。
だが、被害者である結衣自身が「これ以上、大事(おおごと)にしたくない」と怯えて望んだため、この学校内での事件としては、ひとまず「無事解決」という形で幕を閉じるのだった。
(しかし、法律を玩具にする浅田の傲慢さを、彩華と綾音、長官としてのプライドを傷つけられた裏の組織が見逃すはずがなかった──第6話へ続く)。

ストーリー・第5話:『歪んだ聖域への潜入 〜美しき帰国子女と、硝子の板の盗難事件〜(後編)』

「えっ……? ない。嘘、なんで……?」

食事を終え、和やかな空気のまま教室に戻ってきた直後のことだった。
クラスメイトの一人、二階堂結衣(にかいどう ゆい)が、青い顔でスクールバッグの中をひっかき回している。普段はおっとりとしていて目立たない、良家のお嬢様といった佇まいの彼女が、今は大粒の涙を目に溜めてクラス委員の夏見菖蒲(なつみ あやめ)にすがりついていた。

「菖蒲ちゃん、どうしよう……私のタブレットPCが、どこにもないの。次の授業でも使うのに……」
「えっ!? 結衣、よく探した? 別のポケットとかに入ってるとかじゃなくて?」
「探したの、全部見たの……でも、ないのよ……」

その切羽詰まったやり取りを横で聞いていた橘彩華(たちばな いろは)は、怪訝そうに眉をひそめた。
「……おかしいですわね。結衣さん、さっきの授業が終わるまでは、確かにそれを使って学ばれていたではありませんか。なぜそれが突然、紛失などするのです?」
「そうだよ、結衣の言う通り持ち出すタイミングなんてないはず……」

菖蒲も彩華と同じ疑問を抱き、表情を険しくする。
ちょうどその時、前方の引き戸がガラガラと開き、次の時間を担当する担任教師が数学のテキストを抱えて入ってきた。菖蒲はすかさず教壇へと駆け寄る。

「先生! 結衣ちゃんのタブレットPCが無くなっています! 直前の授業後に間違いなくカバンに仕舞ったそうですし、お昼休みはみんなで席を離れていたので、どこかへ置き忘れることは絶対にありません!」

「なんだと……?」
担任の顔色が変わった。学校から支給されている端末の紛失は重大なセキュリティ事故だ。
「よし、一旦授業は中断だ。全員、二階堂のタブレットがどこかに紛れ込んでいないか、机の中やロッカーを探すんだ!」

担任の指示でクラス全員による大捜索が始まった。しかし、どれだけ床を這い、棚の奥をひっくり返しても、結衣の端末は影も形も見つからない。
その間、担任は職員室へ走り、廊下に設置された防犯カメラの映像を確認しに向かった。

『……彩華、妙だぞ』

耳元に挿した「橘のかんざし」から、超小型骨伝導イヤホンを通じて、自宅で待機している神城綾音(かみしろ あやね)の声が低く響いた。彼は学校のサーバーへ既にハッキングを完了し、担任と同じ防犯カメラのログをリアルタイムで監視している。

『お昼休みの間、生徒は全員食堂に行くのがこの学校のルールだ。今、カメラのログを高速で解析したが……昼休みの間、お前たちの教室がある廊下に立ち入った不審者の姿は、誰一人として映っていねえ』

彩華は周囲に怪しまれないよう、小さく息を呑んだ。
誰も教室に入っていない。ならば、結衣のカバンからどうやって端末が消えたというのか。まるで狐につままれたかのような不可解な密室状況に、教室内には不気味な動揺が広がっていく。
結局、その場で見つかることはなく、事件の調査は翌日へと持ち越されることとなった。

翌朝。登校した生徒たちが教室へ入った瞬間、短い悲鳴が上がった。

「な、なんだよこれ……っ」

教壇の真ん中に、ぽつんとそれが置かれていた。
二階堂結衣のタブレットPC。しかし、その液晶ディスプレイは、まるで鈍器で何度も叩きつけられたかのように、バキバキに蜘蛛の巣状に破壊され、無惨な鉄と硝子の破片と化していた。

あまりにも悪質で、挑発的な犯行。
朝礼のためにやってきた担任は、その光景を見るなり激昂し、教壇を拳で叩いた。
「誰だ! こんな劣悪な真似をした奴は! 正直に名乗り出ればまだ処分を考慮する! 出てきなさい!」

怒号が教室に響き渡るが、生徒たちは一様に俯き、静まり返るだけだった。当然、自白する者などいるはずがない。
担任は頭を抱え、重苦しい空気のままホームルームの時間を使い、全員で昨日の状況を振り返ることとなった。

「まず、事件が発生したお昼休みの時間だが……」
担任が記録用のタブレットを開く。
「我が校では配膳数の管理と安全確認のため、食堂での出席確認を義務付けている。だが昨日、名簿の記録から、お昼休みに食堂へ行っていなかった生徒が3名いることが判明した」

その3人の名前が読み上げられた瞬間、クラスの空気が張り詰めた。教室内で誰も逆らうことのできない、圧倒的な権力を背景に持つ「特権階級(カースト上位)」の面々だった。

畝田美空(うねだ みく)。母親は女性初の敏腕検察庁長官。
浅田秀一郎(あさだ しゅういちろう)。祖父は大物国政議員、父親は大手警備会社の幹部。
萩田一翔(はぎた かずと)。父親は浅田の祖父の派閥に属する中堅国会議員。

外部からの侵入者の可能性も疑われたが、校内のセキュリティカメラには不審な影は一切ない。となれば、容疑者はこの3人の中に絞られる。
彩華がじっと彼らを見つめる中、担任に促されて3人はそれぞれのアリバイを主張し始めた。

まず、腕を組んで傲慢に鼻で笑ったのは畝田美空だった。
「騒がしい食堂なんかじゃ、落ち着いて食事も摂れないわ。私は昼休みの間中、生徒会室に潜り込んで一人で休憩していただけよ。疑うなら防犯カメラでも確認しなさいよ。別に警戒して隠れていたわけじゃないし、そんなことしても意味がないわ。そもそも、なんで私が二階堂のタブレットなんて盗まなきゃいけないの? 母親の立場だってあるのに、そんな下劣なことするわけがないでしょ。食堂にいなかっただけで泥棒扱いなんて、本当に最悪……」

続いて、机にだらしなく足をかけそうになりながら、浅田秀一郎が退屈そうに髪をかきあげた。
「俺は屋上で昼寝してただけだよ。流石に屋上に防犯カメラはねぇからアリバイなんて証明できねぇけどさ。つーか、なんで俺が他人のタブレットなんか盗むんだよ? それもわざわざご足労なことに、ディスプレイをバキバキに壊して教壇に返却? 馬鹿らしい。……まぁ、そんなに疑うなら、教室から屋上に繋がる廊下のカメラでも確認してみろよ。俺の姿がバッチリ映ってるはずだぜ」

最後に、怯えたように視線を泳がせながら、萩田一翔が消え入るような声で答えた。
「僕、僕は昨日、体調が悪くて食事を取る気も起きなかったから……保健室のベッドでしばらく寝ていたんだ。保健室の先生も出張で不在だったし、利用記録の紙に名前を書かずに黙って使ったのは悪かったけど……わざわざ体調を崩している最中に、他人の物を盗むようなことなんてしないよ」

三者三様、もっともらしい証言だった。これだけを聞く限りでは、どれも決定的な矛盾はないように思える。結局、物証のないままその日のホームルームは終わり、彩華は端末を壊されて怯える結衣と机を併せ、寄り添うようにして授業を受けることしかできなかった。

しかし、あの中に必ず犯人がいる──。明治の法律少女としての直感が、彩華の胸の中で警鐘を鳴らし続けていた。

その日の夜、神城綾音の自宅。
薄暗い作業部屋で、無数のモニターの光に照らされた綾音が、不敵な笑みを浮かべてキーボードを叩いた。

「おい、彩華。面白いもんが見つかったぞ」
「衝撃的な真実、でございますか!?」

パソコンの前に駆け寄った彩華に、綾音は2つの映像データを並べて表示した。

「まず一つ目だ。浅田の野郎が『屋上へ向かった証拠だ』と言い張った、廊下の防犯カメラ映像を見てみろ」
画面には、確かに昼休みの時間帯、屋上への階段を登っていく浅田の姿が映っていた。しかし、彩華はすぐに違和感に気づく。
「……画面の隅にあるはずの、日時の表示(タイムスタンプ)がございませんわ。美空さんの映像にはしっかり刻まれているのに」
「それだけじゃねえ。奥の掲示板を見てみろ。貼ってあるポスター、先月終わったはずの行事のやつだ。つまりこの映像は昨日じゃねえ。過去の『誰も通っていない時間帯の映像』に、浅田の姿だけを合成してループ再生させ、システム上から上書きした【改ざん映像】だ。あいつの親父は警備会社の幹部だからな。高校のセキュリティシステムの仕様を実家で盗み見て、悪用したんだよ」

彩華の目が鋭く細められる。「では、浅田様のアリバイは偽物……!」

「そして二つ目だ。保健室にいたと言い張った萩田だが……」
綾音はもう一つの画面を開く。そこは学校ではなく、近くのコンビニの防犯カメラ映像だった。
「学校内のカメラには、萩田の姿はどこにも映っていなかった。保健室に入る姿すらな。だが、俺が外のコンビニのカメラをハッキングしたら、昼休みの時間に呑気に唐揚げとジュースを買ってるあいつのまぬけ面がバッチリ映ってやがった。萩田は『カメラに一切映らない方法』を使って無断外出してたんだよ。……つまり、あいつも完全な嘘つきだ」

モニターの光を受けながら、彩華は静かに拳を握りしめた。
「システムを汚した浅田様と、カメラの隙を突いた萩田様……。神城様、道具はすべて揃いましたわね」
「ああ。明日、ホームルームの時間に仕掛けるぞ。あの傲慢なカーストごっこを、法律の論理で文字通り叩き潰してやれ」

翌日のホームルーム…

担任が重苦しい顔で教壇に立った瞬間、橘彩華は静かに、しかし毅然とした動作で挙手し、席から立ち上がった。

「先生、よろしいでしょうか。昨日の皆様のご証言について、少々お伺いしたいことがございます」

教室内が、にわかにざわつき始める。「おフランス帰りの世間知らずなお嬢様」が一体何を言い出すのかと、生徒たちの視線が一斉に彩華へと集まった。

彩華は振り返り、鋭い眼差しをまっすぐに後方の席へと向けた。
「昨日のホームルームにおける証言のなかに──明白な『虚偽』を述べている方が、お二方いらっしゃいます」

「は、はあ!? 何言ってんだよ、お前……っ」
最初に過剰な反応を示したのは、萩田一翔だった。額にじっとりと汗を浮かべ、必死に平静を装おうとしている。

彩華は一歩、また一歩と萩田の机へと歩み寄った。耳元のかんざしからは、通信の向こうで待機する綾音の『落ち着け、そのまま追い詰めろ』という静かな声が響いている。

「萩田様。あなたは昨日、体調を崩して誰にも見られず保健室で休んでいたと仰いましたわね。ですが、手違いで保健室前のカメラに映っていないならまだしも、教室から保健室へ至るまでの全ての経路において、あなたの姿が一切記録されていないなどということが、果たしてあり得ますでしょうか?」

「な、何の手違いか知らないけど、僕は絶対に保健室にいたんだ! 証拠もないくせに疑うなよ!」
強情に言い張る萩田の前に立ち、彩華は制服のポケットから静かにスマートフォンを取り出した。そして、周囲の生徒からは見えない角度で、萩田の目の前にだけその画面を提示する。

声を極限まで潜め、しかし逃げ場を塞ぐような冷徹なトーンで、彩華は囁いた。
「……では、これはいったい何でしょう、萩田様?」

スマホの画面に映し出されていたのは、昨日のお昼休み、学校近くのコンビニのレジ前で、呑気に唐揚げとジュースを買い求めている萩田本人の鮮明な映像だった。

「ひっ……! な、なんで、それを……!」
「校内の防犯カメラに何一つ映っていないはずのあなたが、なぜ学校の外にあるコンビニの映像にだけ、これほど鮮明に記録されているのです? ……この映像、今すぐにこの教室の大きなモニターで、クラス全員にばら撒いてもよろしいのですか?」

「や、やめろ! 頼む、それだけは……っ!」
ガタガタと椅子を鳴らして怯える萩田に、彩華は法律家としての容赦ない一撃を見舞う。

「あなたが浅田様の犯行を直接知らなかったとしても、無断外出をしてアリバイを偽装したその行為は、重大な『共犯行為』とみなされますわ。このまま白状なさらぬのであれば、警察から相応の尋問を受けることになりますが、覚悟はよろしくて?」

「警察」という言葉、そして「浅田のパシリ」であることがクラス中に露呈するという恐怖に、萩田のプライドは完全に粉砕された。彼は頭を抱え、涙目で叫んだ。

「わ、分かった! 言うよ! 僕は盗んでない! 昨日は浅田に『このルートを通ればカメラの隙(死角)を突いて外に出られるから、パンとジュースを買ってこい』って命令されて、外に行かされていただけなんだよぉ!」

教室内が一気に騒然となった。
「萩田! てめぇ、嘘つくんじゃねぇよ!」
激昂した浅田が机を叩いて立ち上がるが、彩華はすかさずその言葉を遮り、浅田の正面へと立ちはだかった。

「浅田様。お静かになさいませ。……嘘をついているのは、あなたの方ではございませんか?」

「あぁん!? 言いがかりつけるんじゃねぇぞ、新入り! 俺が屋上に行く姿はカメラにバッチリ映ってたって言っただろ!」
「ええ、拝見いたしましたわ。ですが、あの映像は巧妙に作られた『偽物』です」

彩華は教壇の担任へと向き直り、凛とした声で告げた。
「先生、昨日撮影されたという浅田様の防犯カメラ映像を、もう一度このプロジェクターに映していただけますか?」

困惑しながらも、担任がパソコンを操作し、教室の前方に問題の映像を投影する。
彩華は黒板の前に立ち、画面の2つのポイントを指し示した。

「皆様、よくご覧になってください。第一に、この映像には他の映像にあるはずの『日時(タイムスタンプ)』が一切表示されておりません。そして第二に──画面の奥、廊下の掲示板に貼られているこのポスター。これは先月とうに終了した行事のものですわ。……つまりこの映像は昨日ではなく、過去の【誰も通っていない時間帯の映像】を繋ぎ合わせ、浅田様が通ったシーンだけを不自然に合成した、悪質な『改ざん映像』です!」

「なっ……!?」
浅田の顔から、一瞬にして血の気が引いた。

「あなたの父親が警備会社の幹部であることを利用し、学校のセキュリティシステムの仕様を事前に実家で盗み見て悪用したのでしょう。萩田様を『カメラの隙』を使って校外へ追い出し、その空白の時間を利用して、あなた自身はシステムそのものを『改ざん』し、結衣さんの教室へと忍び込んだ……。これが、今回の密室盗難の全貌ですわ!」

完全なるロジックによる包囲網。クラスの誰もが息を呑み、浅田を見つめている。
言い逃れが完全に不可能となったことを悟った浅田は、顔を真っ赤に歪ませ、机を蹴り飛ばした。

「あぁそうだよ! 俺がやったんだよ! 何が悪いってんだよ!」
逆ギレした浅田の怒声が響く。

「夏見の野郎がさぁ、いっつも俺たちのカーストに反抗的な態度取っててムカつくんだよ! だから、あいつが仲良くしてる二階堂のタブレットをバキバキにして、精神的に追い詰めてやろうと思っただけだ! たかが学校の機械一つ壊したくらいで、ガタガタ騒いでんじゃねぇよ!」

あまりにも身勝手で下劣な動機に、教室内は冷ややかな沈黙に包まれた。

数日後。

バキバキに割られた二階堂結衣のタブレットPCは、浅田の祖父である大物国政議員のコネと財力によって、何事もなかったかのように新品へと弁償された。

しかし、それが表面上の穏便な幕引きのすべてではない。ハッキングで入手したコンビニの映像は法的な証拠として使えず、浅田が盗んだことを示す決定的かつ直接的な物的証拠も乏しい。どれほど理事長が処分を主張しようとも、浅田側の圧倒的な権力の前には言いくるめられてしまい、学校側もこれ以上踏み込むことができなかったのだ。結局、事態は「生徒間の悪質ないたずら」という名目にすり替えられ、形ばかりの厳重注意処分だけで無理やり決着させられたのだった。

「……納得がいきませんわ」

放課後の教室で、彩華は夕日に照らされながら、ポツリと呟いた。

どんなに悪質な犯罪を犯し、他人の心を傷つけても、結局は金と権力で全てが揉み消され、形骸化した解決で終わらせられてしまう。それが令和という現代社会の歪みなのかと、彩華の胸中には拭い去れないどす黒いモヤモヤが残った。

そんな彩華に、隣にいた夏見菖蒲が、少し申し訳なさそうに微笑む。

「ごめんね、彩華ちゃん。でも、これ以上事件を大きくすれば、結衣自身が『もう終わりにしたい』って怯えちゃってるし……証拠もない以上、今回はこれで幕引きにするしかないの」

「結衣さんがそう仰るのなら、これ以上は……」
彩華はそれ以上言葉を続けられず、静かに俯いた。

だが、その時。
耳元のかんざしから、通信を繋ぎっぱなしにしていた綾音の、低く冷徹な声が響いた。

『──おい、彩華。そんなに落ち込むなよ。表の学校ごっこはこれで終わりだが……俺たちの本番は、ここからだろ?』

「神城様……?」
『片桐のおっさんから、次の指令が下りてきた。あの浅田のバカ息子と、天下り先でやりたい放題やってる親父、それから国会議員のおじいちゃん……。まとめて、裏のルートから完膚なきまでに沈める算段がついたそうだ』

インカムの向こうで、電脳の竜が不敵に、獰猛に笑う。
『祖父が揉み消しのために奔走した裏で、政治資金収支報告書のデータが見事に狂っているのを見つけたのさ。早速、週刊誌のタレコミ窓口に匿名で流してやった。これで祖父は国会議員を失職、天下り先の親父も不正が露見して警備会社を退職するハメになる。残されたバカ息子は、プライドが邪魔をして居られなくなり、自分から自主退学していったよ。化けの皮を剥ぎ取りに行こうぜ、相棒』

夕暮れの教室で、彩華の切れ長の瞳に、再び鋭い正義の炎が灯る。
現代の法律という限界を知った少女は、その限界を超えるため、静かに胸元の通信機へと手を当てた。

「ええ……喜んで、神城様。悪徳を貪る不逞の輩に、真の鉄槌を下しに参りましょう」

すべてが片付き、悪が裁かれたその結末に、彩華は不謹慎ながらもどこか満足げな笑みを浮かべるのだった。

次回予告

弁償と形ばかりの厳重注意で、不条理な幕引きを迎えたかに見えたタブレットPC盗難事件

しかし、権力に守られた浅田秀一郎を待っていたのは、法では裁けない「闇の鉄槌」でした。

暴かれた政治資金の不正と、容赦なき社会的制裁

追い詰められた浅田は、プライドの果てに自主退学へと追い込まれていく――。

法で救えぬ悪があるなら、裏から叩くまで。

彩華、菖蒲、結衣の絆、そして影で支える綾音と片桐。

それぞれの思惑と正義を胸に、彼女たちは「一つのチーム」として立ち上がる。

学園のカーストと歪みに立ち向かう、影の探偵倶楽部が今、ここに始動する。

次回、第6話『浅田秀一郎への天罰 & 闇の探偵倶楽部「T.C.S.L」結成!』

『法で届かぬ闇ならば、私たち影のチームで裁いてみせる……!』

どうぞお楽しみに――。…

まとめ

『電脳の竜と白理の狼 〜デジタルハッカーと明治のリーガル・ガール〜』第5話をお読みいただき、ありがとうございました。

彩華にとって初となる「硝子の板(タブレットPC)」盗難事件も、後味の悪さは残るものの、何とか無事(?)に決着となりました。

作者自身、ミステリーは好きであるものの、小説を書くこと自体が初めてということもあり、動機やトリックにはかなり頭を悩ませました。

それでも、こうして形にすることができ、少しでも皆様に楽しんでいただけていれば幸いです

さて、次回・第6話では、今回の犯人である浅田秀一郎に対する“闇の鉄槌”と、その結末が描かれます。

そして、事件を通して絆を深めた彩華たちが、「影の探偵倶楽部」として正式に一つのチームへ――!

新たな局面へと動き出す第6話も、ぜひお楽しみに!。

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